最近話題になっていた「西部邁」に関する最新情報をまとめたよ!

最新のキーワードとして「伊藤貫,日本」等に関するワードが今日関連して注目されているみたいよ♪要チェックね!

PickUp Tweet】
サンデー毎日編集部 2019-06-17 12:51:57 ID:@tsunday3
お待たせしました! 論壇で話題の「評伝 西部邁」の最終章がスタートです。一筋縄ではいかない、西部の思想の核心に迫ります。明日発売の #サンデー毎日 読み応え満点です‼️ #西部邁 https://t.co/xbpXQQxAEb



つぶやき注目度:

logo1: prof_img古井由吉の文章2019-06-15 15:55:50 ID:@furuiyo
それにしても、政治家もオピニオンリーダーたちも、マスイメージにたいして語るんですね。民主主義の本来だったら、パブリックなものに語らなきゃいけない。ところが日本では、パブリックという観念が発達してないでしょう。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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私の世代は橋本行革、小泉構造改革で痛みを味わったから、改革という語に簡単に賛辞を送れない。 20代は改革を支持し、自民党が改革で日本共産党が保守だと思ってる。 晩年の保守の大家・西部邁先生がアベ政権を批判し、共産党こそ、保守だ… https://t.co/JiotHmXvnp
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logo3: prof_imgShin Hori2019-06-23 11:22:43 ID:@ShinHori1
→かつて西部邁先生は「君主に徳はいらない。徳があろうとなかろうと血統で継承されるのが君主制の原理だ」という意味のことを言っていましたが、これは結局は現代の立憲君主国では、納税者=主権者であって、選挙で選ばれる議員たちが予算を決めるという現実の部分を忘れた議論といえるでしょう。
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logo4: prof_img古井由吉の文章2019-06-19 21:22:51 ID:@furuiyo
近代の小説は俗に創作と言われます。一個人の創作でなければならない。私はそれをデビュー当時から間違いではないかと思っていました。それでは文学が痩せ細る一方だと。一個人と言ってもその中に親兄弟と言わず、祖父祖母と言わず、御先祖までいろいろな人物が含まれています。(『西部邁発言①)
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西部邁ゼミナール 小泉元首相 「行政改革はニュージーランドに学べ!」 西部邁氏 「ニュージーランドの地方には、 羊🐏しかいませんよ。 羊🐏の面倒は犬🐕が見ています。」 https://t.co/eLqcIQ9BNT
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logo6: prof_img古井由吉の文章2019-06-19 21:22:51 ID:@furuiyo
過去の末広がりです。自分とは自分一個のものではない。モノフォニーではなく、その多声(ポリフォニー)、これを表わさないと、近代小説は近代ということにおいて行き詰まるであろうと。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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西部邁ゼミナール 森田実氏 「小泉竹中の郵政民営化を批判して、TV📺から干された。」 https://t.co/7sXlTEcJsj
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2. 学校には同期で西部邁もいたらしいが。爺ちゃんはだんだん離れていく。「懸命に働いて豊かになるほうがよかった」と。そして年を経た今なら分かる、「学生達よりよほど岸首相の方が"分かっていた"」と。→
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logo9: prof_img古井由吉の文章2019-06-23 14:21:07 ID:@furuiyo
矛盾というものが文学の肥沃の地なんです。ここでこそ育つ。たとえば私小説というものがあります。徹底した私小説のことを思ってください。登場人物がいるでしょう、書いている人がいる。登場人物が途轍もなく狂う。書いている人物がそれを冷徹に見ている。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo10: prof_img古井由吉の文章2019-06-20 22:45:29 ID:@furuiyo
個人の独創に近いものは、ある作品の中で一部活かせたら充分なんです。残りが先人たちの積み重ねです。それでなければ、言葉は成り立たない。言葉は私のものではないんです。僕が発明したわけではないんですから(笑)。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo11: prof_img古井由吉の文章2019-06-16 11:11:00 ID:@furuiyo
たとえば「考える」という言葉があるでしょう、think(英)でもdenken(独)でもpenser(仏)でも。ヨーロッパの近代化のなかで「私が考える」というのは、日本人が思う以上に、非常に積極的な行動の意味が含まれているんです。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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「日本の保守もリベラルも、 売国に変質してしまった理由」 西部邁×伊藤貫 https://t.co/ai03Kn04Jy
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logo13: prof_img古井由吉の文章2019-06-20 22:50:45 ID:@furuiyo
私がデビューして間もなくだからもう四十何年も前の随筆で、「〈文学〉に包囲された作家」ということを書いた。括弧付きの「文学」ですね。政治家も経済人も学者もいやに文学的な言葉でもって語る。コマーシャルもそうでしょう。何となくポエトリーの雰囲気だけが醸し出されている。(『西部邁発言①)
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logo14: prof_img古井由吉の文章2019-06-15 16:01:36 ID:@furuiyo
いろんな階層あるいは民族の利害がある。そこから共通項を抽象的に出して、そこへ向かって語りかけるってのがパブリックでしょう。それ自体、本当に根拠脆弱だし、抽象的だけに中味が薄いところがあるけれど、民主主義である以上はパブリックという観念がないと。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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つぶやき注目度:

logo15: prof_img古井由吉の文章2019-06-16 11:11:01 ID:@furuiyo
「私は考える」と言うときに、「自分にはそう思われる」、「自分にはそう感じられる」というのと、「私はこれを言う」というのとでは、どうも後者が「考える」ことらしい。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo16: prof_img古井由吉の文章2019-06-17 20:16:24 ID:@furuiyo
しかし人の成熟ということに関しては、その後ろ暗い「私」の、経緯曲折がそれこそ「ひそかに」物を言うようですね。戦後の日本人は、息せき切ってきたあまり、その「私」をどこかへ、一時預かりのようなつもりで、長年預け放しにしてきたキライはある。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo17: prof_img古井由吉の文章2019-06-23 14:21:08 ID:@furuiyo
その魅力というものを日本の私小説は伝えていると思う。私がやっているのが私小説かどうかわからないけれども、そういう意味での私小説を尊重します。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo18: prof_img古井由吉の文章2019-06-23 14:21:08 ID:@furuiyo
小説の口調と言ったらいいのかな。それが綺麗に三位一体だったら、これはもう言うことないけれども、矛盾するんです。ナレーターと著者の関係も、同じかどうか微妙です。その三者が矛盾して昏乱して、詰屈してね。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo19: prof_img古井由吉の文章2019-06-16 11:11:01 ID:@furuiyo
そのときに、民主主義体制の世の中を採っている以上、パブリックというものの観念が弱いと難しいことになるんじゃないかしら。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo20: prof_img古井由吉の文章2019-06-18 22:38:09 ID:@furuiyo
私の書いている小説は、富岡さんはとうにお気付きだと思うけれども、小説を書こうとしながら小説以前の文学に遡ろうともしている。随想だとか日記だとか、あるいは身上書、さては歌とか俳諧とかです。現代人としては断層が幾重にもあるのでなかなか遡れるものではないのですが。(『西部邁発言①「文学
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logo21: prof_imgmold2019-06-16 17:32:17 ID:@lautream
西部邁だってどこが「真の保守」なんだよと思うしな。西部も歴史修正主義者じゃねえか。
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logo22: prof_imgKentino2019-06-22 15:26:49 ID:@KentinoKentino
全盛期の朝生シリーズ。 西部邁、野村秋介、舛添要一を挑発するデーブスペクター。最近は見られなくなった観客席からの熱い野次もなかなかw #デモクラシーとは https://t.co/ZtAOxeeN5tphoto
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logo23: prof_img古井由吉の文章2019-06-20 22:50:46 ID:@furuiyo
しかしそれには文学の粘りはない。それに包囲されて作家は書きにくくなってしまった。そういう心得から始まっているんです。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo24: prof_img古井由吉の文章2019-06-16 11:11:00 ID:@furuiyo
ところがギリシャ語を見ると、あらかた「〜と思われる」、「〜と感じられる」というパッシヴ(受動的)な言葉なんだ。近代ヨーロッパの「考える」に値する言葉はというと、実は「言う」なんだよ。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo25: prof_img古井由吉の文章2019-06-23 14:21:07 ID:@furuiyo
これだけ見えているのに、著者と同じであるはずの主人公はどうしてそう狂うの? この矛盾なんですね。登場人物と著者の間にもう一つ別の存在もある。ナレーターです。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo26: prof_img古井由吉の文章2019-06-22 22:20:07 ID:@furuiyo
私は悲観から入って楽観を覗くという性質でして、「なぜ文学が必要か」。それはいまの世で文学が欠如している。いよいよもって欠如していく。そのうちになくなるのではないか。そのときに世の中は成り立つのか。必ず文学、あるいは文学的なもの、本当の意味での文学がなければならない。『西部邁発言①
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logo27: prof_img古井由吉の文章2019-06-16 11:11:01 ID:@furuiyo
つまりレゴー、ロゴスだね。「言う」ことによって初めて、自分が考えていることが成り立つ。だからレゴーという動詞には「言う」と「思う」の二つの系列があるわけなんだけれど、所詮は一緒なんだ。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo28: prof_img古井由吉の文章2019-06-22 22:20:07 ID:@furuiyo
それが失われたときの危機感はあるだろう。そのときに欠如が欲求になるだろう。wantです。そのときにお呼びがあるのではないか。私はもう死んでいるかもしれませんけれども。そのために痕跡でも残しておきたいと思っています。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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logo29: prof_img古井由吉の文章2019-06-18 22:38:09 ID:@furuiyo
小説は近代の生まれであり、近代というものを背負っている。(『西部邁発言①「文学」対論』)
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